賃貸物件のオーナー様向け
大家さんにとって問題のある賃貸借契約書とは
永幸不動産株式会社の代表、森下です。
昨日のブログにて指摘していた文房具屋で買えるような市販品の賃貸借契約書ですが、平成も終わろうかというこの時期になってもまだ使っている不動産業者がいるというのは、本当の話です。
何故にそんな大家さんにとっても不動産業者にとってもリスキーなことをしているのか? というのは類推するしかありませんが、
- 昔からそれを使っていて問題が起きていないから大丈夫
- PCが使えないから契約書の編集ができない
という辺りかと思います・・・。
なお、PCで編集されている契約書とそうでない契約書の見分け方ですが、家賃や特約条文が手書きだったりハンコの組み合わせだったりするのがそれです。
◆市販品契約書の実物を解説
ここに、とある事情で入手した平成20年代後半に取引で使われていた市販品の契約書があります(当然ですが個人情報に関わる部分はすべて削除し、印刷しても使用不能な程度まで解像度を落としています)。今回はこの契約書のどの辺りに問題があるか、該当箇所を引用しながら解説していきましょう。
なお、ここでいう問題があるというのは、この書式が一般的に使われていた時代ではまかり通っていたけれども、法改正や判例の積み重ねにより現代では通用しない、というニュアンスです。
【欄外】❝預り金3万円以上(借主保管用貼付)200円印紙❞
例えば上記ですが、印紙税法は改正されており「売上代金以外の金銭又は有価証券の受取書」すなわち敷金預り証の免税点は5万円に変更されています。蛇足ですがこの書式は右下が敷金預り証になっているので印紙貼り付け欄があるということです。単なる賃貸借契約書であれば収入印紙は不要です。
◆家賃を1ヶ月滞納したら即時解除できる!?
先に基本的な用語ですが、条文中の甲は大家さん、乙は借主さんを指します。
❝第2条 賃料は毎月●日までに、乙は甲方に翌月分を持参し支払うこと。万一壱ヶ月なりとも滞納せる際は権利金敷金の有無にかヽわらず、甲は何等の催告を要せずして、本契約を解除し乙は即時明渡すものとする。❞
賃料持参が前提なあたりに時代を感じますが、問題は後段の1ヶ月滞納したら即時出ていってもらいますという部分。これは典型的な現代では通用しない条文で、借主さんが1ヶ月の滞納をしたからといって即時出ていってもらうことはできません。退去を強制すれば大家さんの方が不法行為責任を問われます。
実はこのような条文、市販品契約書だけでなく、賃貸管理会社が作成した契約書にもよくあります。ここの部分の書き方がどうなっているかによって、その管理会社の法務チェック力が見分けられますので、是非覚えておきましょう。
❝第9条 乙が本契約条項に違反し、又は賃料を滞納せる時は甲は何らの催告を要せずして、本契約を解除し乙は即時貸室を明渡すものとする。❞
大事なことなので2回言いましたとばかりに内容が重複していますが、ダメなものはダメです。前段の「契約条項に違反し」であってもそうですが、いわゆる無催告解除というのはかなり厳しい条件のもとでないと原則認められません。
かと言って滞納に関する定めをしないというのでは契約書の効力が弱まりますから、弊社や、きちんと判例を追っている管理会社であれば、このあたりはテクニカルに修正しています。
付言すると、この契約書にはいわゆる反社会的勢力(暴力団等)排除条項が存在しませんので、逆に真っ先に無催告解除をしたいお方が入居してしまった時に対処できません。南無。
◆大家さん、これだけはやっちゃダメ!と覚えておいてください
❝第10条 乙が無断不在一ヶ月以上に及ぶ時は、敷金、保証金の有無にかかわらず本契約は当然解除され、甲は立会の基に随意室内遺留品を任意の場所に保管し、又は売却処分の上債務に充当するも異議なき事。❞
むしろこの条文の全部に異議あり!です。
仮に借主さんが行方知れずになったとしても契約は当然解除にはなりませんし、行方不明なのに誰と立ち会うのか分かりませんが勝手に室内に入れば住居不法侵入ですし、任意の場所に保管はともかく勝手に売却処分するのもいけません。
この種の、いわゆる夜逃げに関するご相談をお受けすることもあるのですが、この条文のようにしたい気持ちをぐっとこらえて、専門家に任せてください。下手をすると冗談ではなく本当に逮捕されます。
◆ゆるふわ系な禁止事項
❝第3条 貸室は現状の儘、住居を目的として使用することとし、甲の承諾なくして人員の増加、賃借権の譲渡、転貸、をしてはならない。❞
❝第7条 乙は貸室内に於て風紀衛生上、若しくは火災等危険を引起すおそれのあること、又は近隣の迷惑となるべき行為其の犬猫等の動物を飼育してはならない。❞
風紀衛生上という単語を久々に見た気が・・・ちなみに他の条文で「電気、ガス、水道、衛生費等は~」というものがあったりします。
第3条は割と現代的な契約書に近い内容ですが、例えば甲の承諾方法が明記されていないので「覚えていないかもしれないけど、大家さんが酔っ払ってた時に良いと言ったんです!」という泥仕合を仕掛ける事ができてしまいます。第7条も色々なことを禁止しているようでいて具体性に欠けており、抜け道ゆるゆる・内容もふわふわしているゆるふわ系です(断言)。そしてここ最近のトレンドである是非禁止しておきたい禁止事項が禁止できていません。
禁止事項に違反した場合の措置も前出の第9条で処理する仕組みなのですが一律で無催告解除という非常に雑な感じです。実務上はこの辺りもきちんと定めておくのがベターです。
◆原状回復の概念がない契約書!?
❝第6条 乙は故意過失を問わずに建物に損害を与えたる場合は、甲に対し公正なる判断に基き損害賠償をしなければならない。❞
この契約書、何度読み返してみても原状回復という単語が出てきません・・・。たぶんですが、上に引用した条文で処理するということになっているのでしょう。
しかしながら建物に損害という書き方だとアパートに自動車で突っ込んだとか、共用配管に物をぶつけて壊したとか、そっち方面がイメージされるようにも思います。それに他の条文には貸室と書かれている箇所もあるので、建物と貸室が契約書内でごっちゃになっているのかもしれませんね。
他にも公正なる判断は誰がするんだとか、色々言いたいことはありますが、この条文をもって現代的な原状回復処理をすることは恐らく不可能だと思います。大家さんとしては是非入れておきたい小規模修繕の免除条項も入っていませんので、借主さんから「室内の電球が切れたから交換して」と言われたら応じなければいけません。古い物件なら畳とか障子とかふすま紙とかも同様に・・・。
◆契約書は賃貸経営の生命線です。絶対に確認!
ご所有アパート・マンションの契約書が今回のような市販品契約書になっていないか、すぐに確認してください。もし、市販品契約書が使われていることが分かったら、管理委託先や募集依頼先を早めに変更することをおすすめします。
いずれこのブログにも書きますが、2020年4月には民法が改正されて賃貸借契約書のあり方も大幅に変わります。未だに市販品契約書を使っている不動産業者が民法改正に対応できるとは私には思えません。
ちなみに、現在のご入居者様が市販品契約書で契約されているからといって、ずっとその契約書で処理しなければいけないというわけではありませんので、お気軽にご相談ください。